町文化財になったアスナロ(高千穂町)

 このアスナロを知るきっかけは、新たに町天然記念物に指定されたとの記事が、2008年8月のとある日、宮崎日日新聞に掲載されたことでした。それまで、県内一斉調査でも報告されなかった、未知の巨樹なのです。報道の概要は次のとおりです。
『高千穂町教育委員会は、同町押方(おしかた)・芝原西地区の飯干さん方にある推定樹齢600年のアスナロを町天然記念物に指定した。アスナロは幹周り約6メートル、樹高約20メートル。太い幹が方々に枝分かれしており、長年の風雪を堪え忍んできたことがうかがえる。(略)関西以西では最大という。』
 また、近隣住民のコメントとして、『南北朝時代にこの地を拠点とした南朝方の忠臣・芝原又三郎が五ヶ瀬町の桑野内に移り住んだ際、このアスナロの枝を持って行ったらしい』という伝承を紹介しています。

 さて、このアスナロを訪ねてみると、惜しいかな幹の根元から1メートル以上が埋められています。アスナロの斜面上手に所有者宅へのアクセス道を整備した際、埋めたのだそうで、アスナロが格好の土留めの役を担っています。この狭い車道がなければ、50メートル先で車を降り、徒歩で通うしかないのですからやむを得ないところでしょう。
 アスナロが埋まっているのは斜面上手側の幹半分だけ、下手側の半分は「根元」まで明確に見ることができるのです。巨樹の測定ルールは、斜面上部における根元からの高さ1.3メートルの幹周り。町教委としても、測定位置が埋まっていては致し方ないとして測定を行わず、歴史的価値で指定に踏み切ったとのことです。

 それにしても、何らかのデータは掴めないかと計測を試みました。
 この樹の山手地際(路面高)から1.3メートル高では、枝分かれして主幹も細くなっていますが、参考までに測定すると 440センチメートル、また往時の測定位置と思われる地際では524センチメートルでした。ただ、本来の根元付近でくび れていますので、もし埋もれていないとしたら、筆者なら最もくびれた部分を測定したことでしょう。
 因みに、環境省データベースには未登載ですが、県内最大のアスナロは幹周510センチメートルです。データベースでは 、関東以西に500センチメートルを超えるアスナロは確認されませんから、記事にあるように「関西以西」、というより「関東以 西」で1・2位を争う大きさであるのは疑う余地のないところで す。

 ところで、報道記事に登場する芝原又三郎(入道性虎=しょうこ )は、南北朝の1341年に高千穂(一部)の領有を認められた人物で、1383年に当地芝原を子孫に譲って五ヶ瀬町桑野内に移っています。
 アスナロには、種々口伝がありますが、その一つ「性虎が芝原に来たときに植えた」とすれば樹齢650年前後で、記事の 「芝原を発つときに枝を持って行った」とも符合しないではあ りません。宮崎へは、時代時代に全国各地から武将たちが入部 して来ましたから、その折に持ち込まれたとも考えられますが 、いずれにしても500±100年の樹齢と想定できるのです。

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斜面上部に位置する車道側から見た画像です。幹別れが始まる高さですから、やや小振りな感じに見えます。

側面から撮影しています。傾き加減ですが、この樹を傾かせるほどの盛り土量でもなさそうです。

下方に回ると元の姿を確認することができます。この樹の雄壮さが、最も強く感じられる位置です。


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