有楽椿(宮崎県西都市)
 有楽椿(ウラクツバキ)の名は、東京に有楽町の名を残したことでも知られる織田有楽斎長益(おだ・うらくさい・ながます:1547〜1621)が、茶花として愛用したことに由来します。 有楽斎は織田信長の実弟で、大阪冬の陣では豊臣方に与しましたが、後に堺・京都などに隠棲しました。 千利休の七哲といわれ、有楽流として一流派をなした人物でもありました。
 ウラクツバキは、室町時代のころ中国から導入されたと見られるツバキ属の原種西南山茶(ピタールツバキ)と日本のヤブツバキとの間にできた雑種とも言われていますが、出生は明らかにされていません。 関東では太郎冠者(たろうかじゃ)の名で呼ばれます。
 宮崎県内では34本の存在が確認されていますが、特に西都市尾八重地区の樅木尾有楽椿が県内トップの幹周を誇ります。 尾八重地区だけでも3本の県指定天然記念物(樅木尾、尾八重、大椎葉)がありましたが、このうち尾八重有楽椿は枯死してしまいました。 画像3枚目は、その生前の花を掲載しています(上2枚は樅木尾)。
 花は12月から4月頃まで咲き、淡桃色に紫を帯び、ラッパ咲きで微香があります。 近年、樅木尾有楽椿の周囲は広い駐車場を備えた椿の里公園として整備され、開花期には多くの来訪者があります。


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